山男魚 「鶴見川からモントレーへ 8」

nakano3

2000年01月09日 20:44

95/10/16 22:59

「鶴見川からモントレ-へ」 釣りによって出会った情景と人々 その8-1

第八章1 「井川にて」


 城南フィシングクラブの連中と色々な所へ釣りに行ったが、多くの思い出が残っている。それもそれぞれ非常に深い印象として、楽しい思いとして、ほのぼのとした思いとして心の中にしまわれている。

 中でも、楽しく、愉快な釣りをしたのは、井川への釣行であろう。それは昭和56年か57年頃の梅雨に入る少し前の頃の出来事である。同行したメンバ-は、やっさん、おかやん、かずを、てっちゃん、なしやん、きよみ、僕の計7人だったと思う。

 井川は大井川の上流域で、畑薙第二ダムから上で、赤石岳、聖岳、等南アルプスの麓を流れる、それは素晴らしい渓流である。我々が住んでいた山梨県都留市から井川の上流までは、車で7時間ばかり掛かるので、日帰りの釣行は無理。

 従って、キャンプ道具一式積んでの釣行となる訳である。東名高速を静岡で降り、安倍川を渡り、井川村を抜けてどんどん北上し、畑薙第二ダムまで行く。アウトドア-ライフは全員大好きで大得意。

 畑薙第二ダムから上は通行止めになっており、道路にはゲ-トが設けられており、一般の車は入れない。電力会社の人か、林業関係者かずうっと上に小屋の関係者の人しか入れない。我々はこの関係者の関係者のその又関係者から鍵を借りることが出来た。

 この人は富士吉田市の飲み屋の主人で「釣り気違い」、毎日の様に朝早く出掛け、店を開けるまでには帰って来ると言う繰り返しをやっていたようである。後年、このご主人は病気で亡くなってしまった。良く一緒に釣りにつれて行ってもらったが良い人だった。惜しい人を無くしてしまった。まだ、若かったのに。

 このご主人から借りた鍵で、ゲ-トの鍵を開け、車で林道に入った。この林道は、深い崖っぷちの上を通っている細い道で、いたるところに落石の跡があり、落ちた車の残骸があったりで極めて危険な道である。

 いくら釣りが好きでも、ここから落ちて、皆と心中するのは嫌であるから、車の運転は慎重に、慌てず、ゆっくりとやる。

 一緒に行った連中は、いつもは無茶なことばかりや連中だったが、釣りということになると、あくまで慎重で、まず安全を第一に考えた。もっとも、交通事故にしろ、滑落事故にしろ、事故が発生すれば、釣りどころではなくなってしまって、釣りができなくなってしまう「釣りがしたい、山女魚に会いたい」が先に立って、より慎重になっているのかもしれない。

 さて、この道を走ると、右下に井川の、それは素晴らしい渓流が見える。ガンガンの瀬あり、落ち込みがあり、大きな石の周りの巻き込みあり、トロ場あり、あらゆる所ポイントの連続である。

 更に、登って行く。赤石岳、聖岳に入る登山道の手前に、渓流に降りる道が作られており、ちょっとした広場になっており、駐車できるスペ-スもある。ここをベ-スキャンプと決めて装備を解く。

 周りには蕗の葉が茂り、名前は良く判らないが、白い小さな花が咲き、流れる水は鮮烈で、空気は澄み、何とも言えず、口数も少なくなる。周りには我々以外誰も居ない。

 「おれたちゃ、どういうところへきちまったんだろう、これじゃ釣れなくてもいいや、この空気うめぇ最高だ」誰かが呟く。

 「おい、景色にみとれてねぇで、まずビ-ルを冷やせや」近くの流れの中にネットに入れた缶ビ-ルを、流されないように石で止めてほおりこむ。こう言うときは、会社での仕事と違って、いやにテキパキと動く。

 全員集合して、何処に釣りに入るか議論した。赤石沢、聖沢、奥西河内、ず-っと上流の東保、西保、皆で一緒に、わいわいガヤガヤ仲良く釣れる所が良いな、冗談じゃねえ、山女魚釣りだぜ、忍者釣りだぜ。でもまあ皆で仲良くやるかと言うことで本流に入る事にした。

 前の日の夜十時に、車二台に分乗し、徹夜で走ってここに着いたのが朝五時。気分は最高。それぞれ、そわそわ、いそいそと釣りの仕掛けを編み、二~三名のパ-ティを組んで、釣りに向かう。

 昼の十二時にベ-スキャンプに集合ということに決まり、それぞれ、自分が眼に付けて置いたポイントに入る。ここはo~゙2ノォニ・ーしい所だ。水量も多く、全体的に流れはとても早い。 ※この文章の文字化けはオリジナルです

 5、4メ-トルの竿に、大物がいるのはわかったいたので、糸は0、8号の通し、おもりはガン玉の大、エサはイクラ。泡を立てて流れている瀬の上に、仕掛けを投入する。

 目印が流れに乗ってながれる。目印が、緩やかになった流れに乗ったとき目印がフゥッと横に動き、アタリがある。「今日は調子が良いぞ! よし、やった」ピシッと合わせる。魚の掛かった手応えがあり、キラキラと良い型の魚が上がってくる。・・?

 しかし、残念ながら山女魚ではなく、ウグイ。静かに針を外して放流してやる。気を取り戻してもう一度流す。何回か流すうちにアタリがあり、あわせるが、又、ウグイ、「クソ! 又、ウグイかよ、山女魚ちゃんはどこへいっちまったんだよ」

 ・注:ここで言っている山女魚と言うのは厳密にはあまご、しかし、愛知県、岐阜県で釣れる、あまご、とはちょっと違う感じがするので、
    ここではあえて、山女魚とした。

 何回か流しているうちに、ウグイの当たりが遠のく。このポイントも当たりがなくなったか、そろそろ次のポイントへ移ろうか、と考えている矢先、今までとは違う強烈な当たり、完全に針掛かりし、早い流れに乗って下流に引っ張られる。

 「がんばれ、ツッパレ、負けるな、のされるな」自分自信に掛け声をかける。やっとの思いで上げたのは、尺近い大物。「やったぜ! なんてきれいなんだ、なんちゅう素晴らしい姿なんだ」実際ここの山女魚は、水量が多く流れが早いせいか、体に比較して尻尾が大きく三角形にピンと張っていて、全体的に締まっている。色も白銀色でパ-マ-クもくっきり、それはそれはきれいである。

 この様に、この日の午前中に各人それぞれ、尺に近い大物を含めてかなり良い釣りをした。5~6匹づつ各人釣っていたと憶えている。昼にベ-スキャンプに集合し、昼食。

 石を集めて窯を作り、火を起こして、アルミニウムの鍋に入った、インスタント鍋焼うどんをあっためる。出来上がる間に今朝冷やして置いたビ-ルを一杯、これがたっぷり冷えていて、うまいのなんの甘露甘露。

 そうこうしているうちに、窯にかけた鍋焼うどんが沸騰し始め、良いにおいが漂う。そこいら辺にある太めの笹竹を取ってきて箸にし、おもむろに食べ始める。これがまたうまい。それぞれの釣果を自慢したり。

 「そこの下の淵でよう、すげえあたりがあってよう、08の糸が一気に切られちまった」

 「どこでもウグイのアタリがしばらく続いて、一段落すると山女魚のアタリがあるんだよ」
等の釣り談義に花が咲き、花や草や鳥や虫や動物や岩や空や雲や水を見てしばらく寛ぐ。

 しばらく寛いだ後、今日の夕食は山女魚のサシミに塩焼き、山菜のみそ汁と決まり、午後はそれぞれ、昼寝をして休息したり、山菜を採ったり、好きな連中は更に釣りをしたり、夕食前の夕まずめまでの間、時間を潰し、夕まずめのチャンスを待つ。

 それぞれ、又、釣りに入った。但し、夕食を作る当番に当たった人は釣りをやらないで、火をおこし、米を研いで、ご飯を炊き、味噌汁を作り、山女魚の刺し身、塩焼き、山菜のサラダ等を作って皆の帰りを待つことになる。午前中の釣りで皆、比較的満足する釣果を得ていたので、食事当番になった人々も文句は言わなかった。

 この時の当番はやっさんと僕だった。食事の準備も楽しいもので、これだけの自然に囲まれ、雄大な流れの前では、皆、心が素直になる様で、食事当番でもあとかたずけでも、笑顔でやれるものである。

 この又、夕食が旨い、釣りから帰ってきた連中を待って、渓の水で割ったウィスキ-が旨い。何とも言えない。山女魚の刺し身や塩焼きを肴にウィスキ-を飲みながら、食事をしながらの話も弾む。

「そこの下の淵にはでかいのがいるぜ、明日の朝は絶対に上げてやる」
「お前じゃ無理あれは俺があげてやる」
「いや、あれは俺のもんだ」等々。皆、酒もついつい飲みすぎてしまう。

                   この項 つづく  〔山男魚〕


95/10/17 21:54

「鶴見川からモントレ-へ」釣りによって出会った情景と人々 その8-2

第八章2 「井川にて」つづき

 テントは二幕、夕食前に皆で張り、いつでも寝れる様にしてあり、夕食のかたずけも皆で協力して、皿や鍋を洗うもの、火の後かたずけをするものと銘々に手分けしてすませ、明日の朝は早いので、早めに寝ようと言うことになった。

 さて、それでは寝ようかと寝袋に入った矢先、雨が降ってきた。それも段々強くなり、ドシャ振りとなり、とうとうテントの一部から雨が漏り始めた。

 雨が降るとは思っていなかったものだからオ-バ-テント等の補強をしていなかったので、慌ててテントの周に溝を掘り、テントを補強した。

 暫く、様子を見ていたが、雨は一向に弱まる気配は無い。「こりゃ明日の釣りは無理だぜ、ちょっと、川の様子を見てくるわ」勇士が川の様子を見に行く。----

 懐中電灯の大きな物を持って、河原まで降りて様子をみると、水かさはぐんぐん増え、濁りもどんどん増している。強い雨が上から叩きつける様に降ってくる。当分の間、雨は上がりそうにない。

 せっかく、時間をかけてやって来たのに残念だけど、自然にはかてない。

「だめだ、だめだ、水はガンガン多くなるし、水も濁りはじめてる、こりゃ-、明日の釣りは無理だ」こうなっては明日の釣りは無理だろう、それなら皆で酒でも飲もうと言うことになり、ひとつのテントに集まって、酒盛りが始まってしまった。

 飲むとなるとこの連中は半端ではなく、本当に良く飲む、但、余り良い酒は飲まない、リザ-ブなんて言ったら盆と正月。この時はホワイト、しかも大瓶。ひとりほぼボトルの半分以上は飲んでいたな。重かろうが、かさばろうがアルコ-ル類は目一杯詰め込んで行く連中何だから、僕も含めて。

 その間、釣りの話に花が咲き、各人とも、杯を重ね飲みすぎる程に飲み、良い加減、酔ったところで、それぞれ自分のテントに引き上げ、寝袋に入って、寝入ってしまった。

寝たのは夜中の十二時過ぎであったと思う。僕も皆と一緒に大いに飲み、寝てしまった訳であるが、朝方五時頃であろうか、喉が渇き、又、トイレにも行きたくなって、眼が覚めてしまった。テントから外に出て見ると、雨は嘘の様に上がっており、まだ薄暗い空には満天の星。

 渓の流れの方は増流した上に、ドロドロに濁っているであろうと思ったが目も冴えてしまったので渓の様子を見に行った。渓の流れは予想に反して、増水はしているものの、流れもそんなに濁っておらず、言わば笹濁りの状態で、釣りにとっては絶好のコンディション。

 上流の方では差ほど降らなかったらしい。こりゃ大変だと慌てて皆を起こしに行ったが、深酒のせいか、僕が冗談を言っているものと思ったのか、誰一人として起きてくるものは居ない。

「オイ、起きろ、雨は上がったぜ、川は笹濁りで最高だぜ、起きろ、起きろ!」

「ウソ-ツケ、まだ暗いじゃんか、もう少し寝かせてくれ」

「本当、本当に笹濁りだってば!」

「いいから、もう少し寝かせてくれ、頼むよ」

 誰も起きやしない。もう一幕りのテントにも同じことを言うが、ここも誰一人として起きてこない。僕としては、今更、寝る訳にもいかず、又、悔しいので、自分の釣り竿と、仕掛けとエサのイクラを持ってベ-スキャンプの前のチャラ瀬で釣りを始めた。

 釣果に対しては余り期待しておらず、朝の空気は綺麗だし、雨上がりの景色も良いので、時間潰しに、と思って釣り始めたが、それこそ入れ喰い。キャンプ前と、その上流五十メ-トル位の間で、尺に近いものも含めて、一時間程の間に十匹ほど釣った。

 糸を流れの中に入れたまま移動しようとしたら、その仕掛けに良型の山女魚が掛かる始末で入れ喰い状態が続いた。---これは、絶対に皆に知らせなくては、と皆を起こすが、これ又、起きやしない。

「冗談言うな、こんな時に釣れる訳ね-だろ-」 起きやしない。

「尺物がバンバンでるぞ、バンバン、入れ喰いだぞ、起きろ、目を開け」大声で叫び、釣ってきた良型の山女魚を奴らの目の前にぶら下げて、見せびらかしてやった。

「---- !!! ほほほほんんとだ、こりゃ-えれ-こった」なんだか訳の判らないことを言って、山女魚をみた時の連中の慌てぶりは無かったな。慌てて、竿を取り出し渓へ飛んで行ったっけ。楽しかったな、面白かった、素晴らしかったな。--その後何回か井川に釣りに行ったがこの時程釣れたことはなかった。

 当日は雨の後と言う事もあって、水量が多く、場所によっては、ゴウゴウと音を立てて流れている様な状態であった。

 対岸に川の中を歩いて渡れる状態では無かった。キャンプより百メ-トル程上に吊り橋があったが渡し板はほとんど無くなっており、錆びたワイヤ-だけが残っている様な状態。

 ここをかなり恐ろしい思いをしながら一人づつ渡った。対岸の方が広く、ポイントも多く、大勢で入るためには良かったからである。ある大きな岩の周りに巻き込みのポイントがある。その巻き込みの少し上で、きよみ、がそのポイントを狙って釣りをしていた。

 僕はこの巻き込みの少し上のかなり流れの激しいところに振り込んだ。目印が流れに乗って巻き込みに入り、きよみの足元近くに流れて行ったところ急に目印が引き込まれ、きよみの足元から尺近い山女魚を引き抜いた。これには、きよみもびっくり、皆もびっくり、釣った僕自信もびっくり。

 その後、てっちゃんが先行し、その後に僕が続き、更にその後にかずをが続くと言う順で井川中流域を釣り下った。普通、山女魚や岩魚等の渓流釣りの場合、釣り上がるのが常識で、又、大勢で入ることは無いのであるが、井川の場合、広くポイントも多いので、釣り下ろうが、大勢で入ろうが全然問題無かった。

 さて、てっちゃんがあるポイントで粘っている。これでもか、これでもかと何回となく流すが当たりが無い。ついに諦めて次のポイントに移動する。次に僕がそのポイント、同じポイントを流すと、ドンと言う当たりがあり、合わせると強烈な引き、なかなか上がってこない。

 やっとの事でナ晴て見ると、これが尺物。一部始終を見ていたてっちゃんが悔しがることったらありゃしなかった。てっちゃんの苦笑いが目に浮かぶ。

 こう言う事が平気でおきるのが当時の井川だった。実に楽しく、素晴らしい想い出である。実に。こう言う想い出を持っている僕は幸せである。こう言う想い出を作ってくれた井川の自然にお礼を言いたい。

 清流がゴウゴウと流れ、川の土手には名もない種々の花が咲き乱れ、小さな、大きな鳥が舞い、虫や岩が自然の中に溶け込んでいる井川。これが変わろうとしているらしい噂を聞いた。確かにダムも重要かもしれないが、もっと重要なものがある様な気がする。

 1999年の8月に人間は神の神罰を受けると言う噂もあるが、人類のやってきた行動を考えるに、このことも、甘んじて、受けるべきなのかな、と感じている。
                             〔やおめ〕


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